「好きなことをやりなさい!」と強制する社会、どのように「好きなこと」を見つけたら良いか?

無限の経済成長が不可能になって所得の増加がなくある種ブラック化する現代未来社会にどう適応するかの課題で識者はこぞって「好きなことをやりなさい!」と声高に主張するようになった、高い報酬を得るには今までの社会より「はるかに高い専門性」又は「マルチな専門性」が要求される、しかもその専門性を得るプロセスの収入はかつてに

 

比べて低く抑えられギリギリの生活を長年強いられる可能性が高くなってきています、その様な社会状況を反映して「好きなことをやりなさい!」と言う「自己啓発的」主張が声高になされているのだと思います、自己啓発的な「好きなことをやりなさい!」論はどんなメリットがあるのでしょうか?先ず第一に低い報酬でも熟練への訓練のモチベ

 

ーションが下がりづらいという事です、熟練者、達人になるには長い時間が必要です、一説には一万時間、凡そ10年の日々が必要だと言われています、高い報酬があればどんなことでも耐えられるかもしれませんが、これからの時代はそれは望めませんしかし専門性を獲得しなければ最低限の生活に一生甘んじなければなりません、そこで主張され

 

るのが「好きなことをやりなさい!」論なのです、確かにそれは良いのです、好きなことを職業にして一生高い報酬を得るなど甘い夢のような生活です、いいことずくめです、貴方も「社会」もみんな喜びます、しかしここで一つの問題が発生します、実は自分が好きなことが本当は分からないと言う人がほとんどなのです、しかも悪い事に最近

 

は少し変わり始めていますがまだ90%の学校教育が「我慢の教育」なのです、つまり「好き嫌いをせず」「嫌いなことにも全力・更に嫌いだからこそ全力以上に努力しなさい」と長年にわたって教育・強育されてきたので自分が何が好きか分からなくなっている人が多いのです、では?どうしたら自分の「好きなことを」発見したら良いのでしょ

 

うか?そこでは「逆転の発想」が必要です、「自分は何が好きか?」と自問するのではなく「自分は何が嫌いか?」「自分は何がやりたくないか?」と自問するのです!そんな自問を何回、何十回、何百回、何千回...と繰り返すことによって段々と「好きなこと」に近づいて行くのです、