2020-12-01から1ヶ月間の記事一覧

Twitter =哲学!

「そんなバカな!」と言う声が聞こえてきますが、マジにそう考えています、京都に西田幾多郎が良く散歩した「哲学の道」と言うのがあるそうですが、偉大な哲学者、思想家は偉大な「歩行者」であると言われています、ランボーしかりカントしかりルソーしかり…

詩人であるということー村上春樹のインタビュー記事の波紋ー

村上春樹が「詩人である」かどうかは分からないし知らない、しかしかれの立ち位置は「詩人」の立ち位置に近いものがあると感じている、つまり「アイデンティティ」をもたない、「何物でもない」と言う立ち位置である、ある人気の流行詩人に聞いたが「理髪店…

ボヤキと西田幾多郎 ―ボヤキと言う独特なコミュニケーションによる《善の研究》の読みー

ボヤキのコミュニケーションの天才として直ぐに思い浮かぶのは「女を取るか野球を取るか?」と社長に迫られ、女を(野村沙知代)取った野村克也監督は京都の出身である、そして京大には日本唯一の空前絶後の哲学者と言って良い西田幾多郎がいた、その西田の…

うつ病は存在しない、「うつ病」克服への方法ープルーストは何故、僕の「うつ病」に効いたのかー

うつ病は存在しないと思っている、存在するのは「うつ病」依存症=中毒ではないかと考えている、僕は何十年も「希死感」に苦しめられた、最終的に「希死感」から解放されたのはプルーストの「失われた時を求めて」を一年近く掛けて「通読」してからである、…

カクテル「依存症」のすすめ ー「依存症」=中毒をいかに人生に生かすか?-

僕は人間はみんな「依存症」=中毒であると思っている、例えば「言語依存症」でない人は「存在・人権」を認められるのに困難を覚えるだろう、フランス映画「トリコロール、白の愛」では主人公が裁判所で「フランス語が喋れないと裁判を受ける権利もないのか…

老子と贈与論

老子の言葉の中に「本当の親切とは、親切にするなどとは考えもせずに行われるものだ。」と言うのがある、これは「贈与」の本質を付いた言葉である、「贈与」は見返りを求める「交換」とは違い一方的に与えるものである、何かの拍子に「返礼」が生じることが…

村上和歌宣言!村上春樹の小説等の作品を「テキスト」として新しい「和歌」の伝統を創ろう!

村上春樹の作品を「源氏物語」や「伊勢物語」の和歌の必須テキストとして新しい和歌のジャンルを創ろう!これは「短歌」ではなく1200年間江戸時代まで生き続けた和歌のルールを基本的に「踏襲」した、「ネオ和歌」である、例えば「説明しなければ分からない…