2020-06-01から1ヶ月間の記事一覧

贈与論と「逃げ恥」

良く日本人は目上の人から「逃げるな!」とお説教をされるが本当に「逃げない」事は良いことなのだろうか?僕はそうは思わない。何故なら人間はお互いに必ず何かしら依存しあって生きているものだしそもそもホモサピエンスが他の「哺乳類」を圧倒して食物連…

贈与論とインフレ

インフレは「贈与経済」では?ないかと考えています、そしてデフレは格差を大きくする「エンクロージャー」では?ないかと考えている。(インフレとここで言うのはハイパーインフレは除く)むかし大銀行の役員を勤めた知り合いが、このデフレ時代はマイナス…

プルーストと源氏物語

「失われた時を求めて」と「源氏物語」は今も成長し縦横に根を張ってゆく「文学機械」である。切断し、ずれ、接続し縦横無尽に繫茂し刈り取られて行くがリゾームを通して再び伸び始めるのである、それは「百年の孤独」のように都市さえも飲み込んでいくので…

虐待の本質

虐待はいろんなバージョンがあるが一番厳しく本質的な「虐待」は「認知の歪み」を刻印された場合ではないかと考えている。何故かと言うと「認知の歪み」が虐待によってもたらされた時、生きていくのに「必要不可欠な能力」を奪われるからである。そしてそれ…

ベーシックインカム(続)

「人頭ベーシックインカム」という考えの続きです、いきなり核心に入ると「人間は強欲である」と言う事を前提にどうやったら悪を「緩和」出来るかと言う事です。子どもを「虐待」する親は「一定数存在」すると仮定します、それが無いのが「理想」ですが理想…

ベーシックインカム

ベーシックインカムと虐待、少子化を考えています。生まれた途端の赤ちゃんを含めて一人一人に5万円づつの人頭税ならぬ「人頭ベーシックインカム」というのを考えています。何故赤ん坊からなのか?コロナの為に生活が貧窮したために全国一律に10万円の給付金…

贈与論(2)

「贈与論」の躓きの石となるのが親からの贈与である、何故なのか?例えば太陽の恵みも贈与であると言われる、、何処が違うのだろうか?太陽の恵みは平等であるそれに対して親の贈与は一律ではなく不平等である。虐待する親、漱石のように親の都合で売り買い…

贈与論

「贈与」という事を考えている、贈与は「交換」「契約」ではなく一方的に与えるものである。岸田秀が「ものぐさ精神分析」で言っている様に親の子供への「投資」は一方的なもので子どもは選択の余地がないし親の投資が無ければ子どもの「存在自体」が成り立…